人気ブログランキング |
タグ:男と女 ( 42 ) タグの人気記事
もうだめかも
このところの沈みモードだったわけだが、意外と娘と買い物に突っ走ったり、ネットで馬鹿な品物を注文したりと、ひそかなる楽しみをする余裕はあったわけだ。

ところが昨日、いつものごとく翻訳が入り、巨大ではないけれど、納期が決められているので急ぎの仕事ということになる。
さらに、最近わたしはもう一つのエージェントから特許の翻訳を頼まれて、断り続けていたのだが、そうもいかず、金も要るしなと思って、じゃあ次回請け負います、なんていったのが間違いであった。

昨日、いつもの翻訳会社の仕事と同時に入ってきた仕事なのだが、その内容を見て、ぐらぐらとわたしの体はよろめき、倒れこみ…。

特許だから、お決まりの文句ではあるけれど、なにせ結局発明なわけで、内容も超詳細にわたり、概要は全然外して、その分野での超ディープな部分に関する発明が多いので、まずなんのことか、を知るのに時間がかかる。
それも、全部自然科学だから、わたしは一体どうやってこれを訳せと?!というノックダウン感を受けた。
リサーチしても、ろくな助けにならないことが多く、なにせWIKIに行って、お勉強しながら訳す類のものもある。

特許は、結構厄介なんだよな。それは承知していたが、専門的内容は、そんなに難解じゃありませんっていうからOKしたのに、これは苦労するだろう。

そういうわけで、今日、会社の方の訳を4,5時間やって、半分ぐらいすごいスピードで訳したのだが、それから特許に取り掛かって、今までやって、全然進んでいないという感じ。

すっごく焦る。
胃痛がする。

そういえば、引っ越してからと言うもの、夫の調子が悪くて、それも結構わたしの気をもませるのである。
こんな冷たい女、とか、全然時間を取らないなんて、妻の資格なし、とか、まあ、毎回散々なことを言われて
、わたしとしても、小さくなっているだけなんですが、子供三人で、メシ作るわけだし、メシの買い物にも行くわけだし、掃除とか、4人分の洗濯とかあって、その上仕事もしているんだけど。
そういうことをしっかりやって、自由時間と言われても、自由時間が無いです。

来週は、また娘の奨学金試験だし、末息子は今医者にかかっているし、私自身の医者の予約も重なっているし、友人も会いたいと言ってくるし、どうしていいやらわからない。

子供たちと夫が共に過ごす時間というのは、もう絶対に削除している状態なので、わたし一人だけと一緒に痛がる夫も気の毒だけど、わたしとしても解決策が浮かばない。

わたしだけの時間は、基本的にないので、夜寝静まってから来い、と言われても、やはり子供を置いて夜中に出て行くのは億劫だし…。

こんなことを三ヶ月近くしていたら、夫が何か切れたらしい。
わたしはあんまり堪えていないというか、ドラマをする気もないし、そんな期待されてもなあ、とおもったり、要するに、そっちのことを考える余裕ゼロで、ひどいなあとは思うけど、遊んでいるわけじゃないし、とりあえず、様子をみつつ、わたしのやることをこなしていると言う状態です。

そういえば、彼は、一昨日ちょっと体の調子も崩したのだけど、仕事があって出られず、その上昨日からこの忙しさで、全然「見舞い」に行かれずにいたら、「仕事があるから来れないなんて、お前妻か?全然理解を示すつもりなし」と言われて、なんというか、怒るに怒れず、わたしがおかしいのかしらって思ったけど、追及したくもなく、そのまま、ははあ…っていう感じにほうっておいてしまった。

やっぱ、男の人は、女の仕事なんか、二次的なものだと思っているんだと実感。
どの男の人に当たっても、必ずこの一言をいつか言われる。
女の人は、仕事だ!って夫に言われれば、背筋を伸ばして「そうでございますか」って一歩下がってしまいがちなんだけどなあ。

まあ、結構もうどうでもいいんです。
わたし自身やれることはやっていると言う意識があるし、子供を除外した自分というのは存在できないと言うことが非常にはっきりしているので、嫌だといわれれば、わたしはそうですか…と言って黙るしかないしなあ。
じゃあ、あなたのためにもっと…、というのは無責任だよ。やっぱり子供も夫も大切だというのが現実で、夫を子供たちから切り離して考えるには、夫に理解を示してもらって待ってもらうしかない。
それを嫌だと断言されたら、わたしは頭下げて、こんなわたしですって言うしかないし。

そういうわけで、仕事が一挙に押し迫ってきたことが、実は助けになったりして、そういうのって不健康だけど、とりあえずしょうがないと思う。

で、四時。

明日、美容院。
そんな時間ナインだけど、とりあえず予約しちゃったので。

なんか、相変わらず、すさまじいどたばた人生だが、この先、さらにブログ更新は無理だと思われる。
さびしいような…。
by momidori | 2009-05-22 10:49 | 仕事
ボヘミアンについていかれない
昨日、朝から晩まで、また家の中で片付けていた。
一人の引越しなら、一週間できれいにできるが、三人子供がいるので、家財道具が多いし、部屋数もある。
絵をかけたり、壁に取り付け棚をつけたり、蝋キャンドルのおき場所が決まったり、と言う段階に来るまでには、やはり三週間かかるのねえ、とため息が出た。

で、居間もすっかり終わった。
私は、人のうちを拝見するのが大好きだ。
それは、インテリアが趣味と言ったことではなくて、家の中を見ると、遠くにいるその方の生活環境をぐっと身近に感じることができる。
そういう親近感が沸くので、とても興味があるのだと思う。
その際、趣味とかそういったことには、関心ない。
簡単に言えば、生活臭に触れたいのだ。

で、私の生活臭も、いやでも発散させようと思うのだが、何せ、まだ匂いが漂うほど住んでいない。
この先、もっと物があふれて汚れてくるのだろう。

d0116222_21134457.jpg

窓の外に見える木が、3日前はまだハゲであった。それが、このように輝いてくるのが嬉しい。

d0116222_21162064.jpg

もうちょっと角度を変えると、こうなる。そういえば、このタブローは、小さくて見えないが、パリの蚤の市に友人と行った時に見つけたものだった。
16世紀の作曲家マリーニの稽古風景が描かれているので、ほれ込んだ。
確か二つで30ユーロ。安かったよなあ。

で、家が一段落し、疲れたときにふっと休める避難場所ができた。

_____________

昨晩、夫の営む出版社の朗読会があった。
でも、普通想像するようなまじめなものではなく、紛れもないボヘミアンの集まりで、偶然私の住むとおりにある、インサイダーなナイトクラブで行われた。
写真家の写したモノクロームの映像をバックに流しながら、作家自身が朗読するのだが、その小説が、下手をするとひどく過激なポルノグラフィーと言えるような内容である。

九時開始と言う始まりも、日本では異例だが、すさまじいのは、バーに入ったとたんに、呼吸困難に陥りそうな空気だ。
ほぼ全員、すぱすぱとタバコを吸い、手にはお決まりのBecksのビール瓶。もちろん女性もビンごと飲むのである。
私は喫煙しない。喫煙者を毛嫌いする権利はないし、消費する自由は認めざるを得ないので、普段は静かにしているが、このような空気を何時間も吸わされるとなると、もうその瞬間吐き気がしてくるではないか。

私は、入った瞬間、夫に別れを告げて、片隅のソファの端っこに腰をかけて、しばしこの空間を眺めることにした。
唯一、年配の男性が、そのソファの横に腰掛けていたので、すぐさま、この雰囲気にくらっと来た私は、そちらに突進したのだ。

で、一面黒。黒以外の服を着ている人間が見えない。
男は、たいてい、グレーか黒などの「いかした」タイトスーツに、白いTシャツや、ワイシャツを着ている。もしくは、黒やグレーのブレザー風ジャケットに、ジーンズ、白いワイシャツと言った格好。
女は、黒いタイトなワンピースか、ジーンズに黒いトップのような感じ。

で、全員、上を向いてビール瓶片手に、ぷかぷかなのだ。

朗読そのものは、作家兼朗読者が、もちろん何本もビールを飲みつつ、タバコを一箱消費しながら進行した。
で、酒を飲んでいるので、まあ読み間違えの多いこと。
しかし、それがチャームなのである。
それを素面でまじめに朗読するようでは、客がしらけるのであろう。

客の面々を眺めていると、チェーンスモーカーばかりだ。
朗読中も、席を立ってはビールの追加を取りに行く。
やっと吸い終わってくれたと思っても、1分も経たないうちに、またタバコを箱から取り出す。
隣にいた若者グループなど、巻きタバコだから、こっちにくる煙も果てしなく濃厚だ。

私は、本当に咳の発作を起こし続けであった。

で、その小説のキッチュなことと言ったら、私の方が穴に入りたい気分である。

朗読会が終わって、私は夫の知人関係に一通り、冷たい挨拶をした後、ビールの一滴も飲まずに、徒歩30秒の家に帰宅した。
九時開始、帰宅時間11時半。
本当に、チラッと見てきただけだ。
でも、子供たちの寝顔を見て、ベッドに入れることの方が、有効な時間の使用法だなと実感。
着ていたものは、ひどくタバコくさいので、すぐさま脱いで、シャワーを浴びて就寝した。

_______

しかし、寝起きが良くない。
私は、昨晩のことを引きずっているようだ。

ボヘミアンとは、あのようなものであろうか。
黒い服を着て、妙に気障だったり、妙に良い男であったり、妙にアンニュイだったりし、女は、一様にニコリともせず、タバコをふかしつつ、切れのいい会話を男と競う、というような、そんなものだろうか。
Becksのビールをビンごとのみ干し、カルトな銘柄のタバコを吹かさないと、「つまらない」類の人間なのであろうか。
小説家、ジャーナリスト、モダンな人文学者、出版者、編集者、そういう業界にいる人間は、「退屈」「つまらない」というカテゴリーにはまったら、人格崩壊なのだろうか。
人間として、「つまらなくない」演出こそがすべてなのだろうか。

私は、昨日一日中掃除をし、自分のための場所を築くために、心を集中させていた。
ずっと立ちっぱなしだったので、疲れきってちょっと休もうかなと思いラジオをつけたら、私のお気に入りの「古楽の時間」が放送されていた。
簡素で少数の楽器で演奏される古楽、さらに、澄み通るような声で歌われる古楽を聞いていると、心が自分の中心へ向かって、鋭く研ぎ澄まされていくような気がした。
私自身とか、自己とか、そういったものを実感する瞬間である。
その地味さや簡素さや、構成の「貧しさ」に、私の心は揺り動かされるらしい。

そんな体験をした後、夕食を作って急いで出向いた先が、昨晩の朗読会である。
ボヘミアンとはなんだろう。
ボヘミアンの定義は、WIKIを見れば、いくらでも納得することができる。
しかし、今ベルリンで一番「ハイプ」といわれるこの界隈に住み、インサイダーの隠れ家のようなバー/ナイトクラブに集まってくるインテリ集団は、いったいどのような世界観で暮らしているのか、皆目わからないのだ。

出版業を任されている知人の男が言っていた。
「こいつら、本を買うには、クールすぎるんだよね。本すら買わないんだよ。」

理解するのに、ちょっと時間を要したが、結局、インテリ度が高いことは、当たり前であるが、本というメディアは、もう古臭くてやっていられないのである。
私は、ウェブ進化論を読んだ時、新いなあと感心したのを覚えているが、そのウェブすら、彼らの眼中にはない。
「インサイダー」な飲み屋で夜な夜な通ううちにつながり、そこから広がる人脈を通して体験する、こうした「アンダーグラウンド」なイベントこそ、「今」の「ハイプ」なボヘミアンライフそのものなのだ。

この引きずり感は、私が歳を取ったことを実感しなくてはならない事実である。

二十歳そこそこで、私は欧州にやってきた。
最初は音楽畑で、パーティーや社交に鍛えられた。
日本と比べると、コミュニケーションのシステムが、比較にならないほど異なる。
お互いに話しかけて、相手にふさわしい話題を察して、会話を築いていこうとする日本の世界に慣れていたが、こちらでは、必ずしも、私にふさわしい話題を探してくれる人にめぐり合うとは限らない。

しかし、クラシック音楽関係は、いたって保守的である。似たような育ちの人間が、似たような環境に生きてきた背景を抱えながら、会話をする。
身なりや立ち居振る舞いにも、ある種の共通点があるし、コンサートの話や、CDの話をしていればとりあえずいい。

それでも、私は戦場に行くような気分で、パーティーや会合に出向いたものだ。
本当の私、といったものは押し殺して、望まれている私、とか、演じるべき私、と言った役割を叩き込まれた気がする。

おかげ様で、どんなパーティーに行っても、物怖じしないで乗り切る処世術は身につけただろうか。

ところが…、このボヘミアン軍団は、まったく私の小市民的/市民的(要するにプチブル的)背景の通用しない軍団である。
Wikiにもあるが、そういう家庭に育った子息の反逆精神のライフスタイルが、ボヘミアンであるわけで、利口にクラシック音楽など奏でていないで、前衛で、最先端に意地でもかじりついていることをモットーとする人たちである。

そんなところで、相手本位な会話を構築して、コミュニケーションを成立させようと思うこと自体が、姿勢として失格の烙印を押されるほど、異質なことなのである。

かといって、インサイダー情報と人脈でつながる彼らの会話に、いとも簡単に、するりと入りこむことは、不可能である。
なんでも練習が必要なのと同じで、インサイダーになるまでの意志と訓練が問われるのだ。

昔の私だったら…。
どこまでも突き進んだろうと思う。
失敗しても、また違うグループに行って、いとも簡単に会話に入ることを試したと思う。
夫や彼氏、友人の背中に隠れることすらなったが、ついて回った時代もあったかも知れない。ドイツ語をうまく駆使できなかった頃は、そうして聞いて、聞いて、システムを把握しようと必死であった。

いまや、自立してパーティーを渡り歩けないこと自体が、恥だという、そういう燃えるような、yと言えば聞こえが良いが、「無謀な」野心だけは持っている私なので、夫の後ろに立っている自分というのは、ないものと決めているのだ。
だから、飽くまでも、「私」という名刺を提げて、ひや汗かきながら、演じるべき自分を演じきろうとしたはずである。

ところが…、

今の私は、もう疲労困憊するのみである。
結局、「自分」以外になる気は、さらさらないと言うことがわかった。
それを無駄な労力と言い切る自分というか、自己の存在をはっきりと感じた。

今更…、とおっしゃる方には、そうなんですよと言いいたい。
私は、性格の強さは持っていても、自己や自意識に関しては、まったく「人格レス」かと言いたくなるような、「白紙なひと」なのである。

それが最近、またまた家を出たり、自分の巣を築いている間に、私の「核」に触れそうな気配がしてきたのである。

それを象徴するようなパーティーが昨晩だったから、後を引くのであろう。

私は、中世やルネッサンスの音楽を静かに聴いて、古いものや新しいものに囲まれて、シックとか、ハイプなものを故意に拒否することで、ライフスタイルとする、地味で、硬質で、変化を嫌がる「たいくつ」な人間なのである。
でも、人に邪魔されず、好きな分野の本を読んで、自分に思いをめぐらせることの好きな、異常に内向的な人間なのである。

しかし、だから何であろうか。
自分を曲げないと認められないような世界には、足を踏み入れない。
今更、挑戦を続ける必要はないのである。
挑戦を続けることは、単にポジティブであるが、線路を決めないといけない。

これは、先にも書いたが、やはり年齢のせいでもあるのである。
それを実感することが、小さな痛みであるが、自己の方を大切にする自分が、今の自分にはテーマであろうと思うのも、また事実である。

問題は、夫自身の世界が、知り合った当時とは、違う方向へ伸びて行っていることである。
彼も、やはり自己を再確認しつつあるのかもしれない。

だとしたら、私たちの歴史は、蜃気楼に過ぎなかったのか

という最大の疑問がわいてくる。

おそらく、それが後を引いている真の原因であろうと思う。

夫も、おそらく同じ気持ちを抱きつつあるのであろうか。
ハイプを追い求める夫。
ハイプは、不要要素と言うレッテルを貼った私。

どう、折り合いをつけるか、これからの課題である。

要するに、夫婦は、夫婦という二人だけのレベルを保つだけで、社会的要素は、別々に生きても、夫婦であり続けるのだろうか、ということである。

まだまだ、私の実験人生は続く…。
by momidori | 2009-04-18 22:31 | 巡る思考
自分の書斎をもつということ
ずっと更新が滞っている。
書きたいなと思っても、全然時間が無い。

今、また大きな翻訳プロジェクトが入っていて、三月の二週まで頭の中がいっぱいだ。
でも、できるだけ早く引越しをしたいので、その用意をしなくてはいけない。
先週、小型トラックをレンタカーし、かの有名なIKEAに行って、キッチンその他を購入してきた。

私のアパートには、キッチンが無いのだ。

さらに、居間とキッチンの壁塗りも終えている。

購入商品の梱包材も捨ててしまっているので、組み立てがすめばよろしい。

そういう状態だが、翻訳が仕上がらなければ話にならないし、音楽教室も週三日なので、まったく時間が無い。

写真アップもしたいのに、そういえば携帯のも、カメラのも、ソフトウェアのCDが、すべて箱の中に入っていることに気がつく。
BlueToothが、内臓してあるはずなのに、なぜか、私の携帯を見つけられない私のPC。

そういうわけで、相変わらずの文章日記。
________

昨日、床に座り込んで食器類をパックしていたら、立ち上がるときにギクッと来た。
はい、ぎっくり腰です。

夫に車で送ってもらって、教室でレッスンしたものの、腰が痛くて痛くて、座っていられない。
その上、コピーする場合は、三階から一階に降りなくてはならない。
そういったことが全部できないので、生徒に助けてもらった。

とりあえず終えたところで、夫に迎えに来てもらう。

夫といえば、いろいろと爆発気味の時期もあったが(当然だ)、今は、本当に甲斐甲斐しく私の引越しの手伝いをしてくれている。
学生時代、引越し屋でアルバイトをしていたし、その後は何でも屋として、他の人の家のキッチンを組み立てたり、家具を組み立てたりしていたような、典型的なドイツ的DoItYourself人間なので、大変助かっている。

時々、あなたは本当に理想的なおっとなのよねえ。

そうつぶやいたら、効果抜群で、とっても張り切っている。
単純であるが、私の勝手な行動を受容し、機嫌を損ねたが、一緒に歩んでくれるわけですから、やはりありがたいです。

経済的な苦境も、一時凌げたようで、私の方にも貸しが返ってきたりして、ストレスが減少した。

そういう私も、着々と準備を進め、電話、インターネット、テレビの接続を申し込み、ガス、電気の登録も終えた。
電気なんて、いくらもある電気供給会社から選ぶので、これは嫌になったが、それでもリサーチを重ね、安くて契約期間に縛られないところを見つけ、決定した。

新しいスタートを切れそうな予感なのに、ぎっくり腰だ。

まったく、出だしがよろしくない。

子供たちは、ほおって置かれた捨て犬状態である。
が、母親をまったく助けようとしない、エゴイスト集団なので、私も嫌気がさしている。
こんな餓鬼、いくら与えてやったって、もぎ取られるばかり。
そういう感覚だ。
子供は可愛くて当然だが、こういう状況のときには、協力するぐらいの年齢になったはずなのに、一向に自分勝手である。
私の想像を超える自分勝手度だが、どこから来た血だろう、というような馬鹿なことは考えないように努力している。



_______


準備を進めつつ、人生を振り返りつつ実感するのは、自分の書斎というテーマである。

人間、家族という絵を描いても、素敵なパートナーや行儀の良い子供たちという絵を描いても、自分の書斎を心の中に持ち続けないといけない。
心の中だけでなく、空間的にも得ることができれば何よりである。

それを今回、私は成し遂げようとしているのだが、その「心」は、境界線を引くことではなく、そこから、他にも何か与える内容を生み出していくことにある。

書斎を持つことで、境界線を引いて、自分と他、いわば家族との区切りを明らかにしたいのかと思っていた。
しかし、そうではない。
書斎を作ることで、自分との対話を取り戻し、不安や期待、さらに圧力や自制などに振り回されない環境を取り戻し、笑いや、一人の時間や、協力、関心といったことをその書斎から発信するのが、結局人生の中で大切なことではないかと思った。

融合が無くては生きていけない人間だが、融合と自立の兼ね合いを共同スペースの中に確立するの派難しい。
私は、常に自をおろそかにし勝ちである。
だからこその、勝手な行動なのだ。
パートナーがいると、とたんに自をつかめなくなる。

今回の行動が、実は肯定的進歩なのだという実感が、夫の中にも、つまり双方に湧き出てきたから、この落ち着いたチームワークがあるのだと思う。

不安感は無い。
これで良いという満足感があるのみだ。

後は、ぎっくり腰を治すこと。

といいつつ、今日も肉体労働をする。
by momidori | 2009-02-28 20:59 | 巡る思考
前進あるのみ
今朝、子供たちを送り出した後、4時間しか寝ていないことを思い出し、もう一度ベッドに入る。
放り出していた塩野氏のローマ史を再び読み始めてみる。

面白い。面白くて仕方ないが、眠気にはかなわず、もう一度一時間半ほど寝る。
しかし、寝起きが悪く、これもうっとおしい天気のせいだろうと、気分最悪の状態で動き出す。

夫は、コーヒーを入れてくれたり、甲斐甲斐しく私の姿を見ては、かまってくれるのであるが、どうにも調子が出ない。

そこへ、思いもかけず電話が鳴った。

その前、オフィスや母から電話があったりしたので、また何の一連の電話かしらと思って出れば、土曜日の物件の不動産屋である。
どうも、大家の方も私に入居してもらいたいらしい。
何人も入居したい人がいたのだが、多くの人が3月1日から希望していたのに対し、私は即入室と言い切ったし。
書類がすべてそろっていた応募者が、6人あったそうである。
土曜日の見物なのに、月曜でこの用意周到な応募者の数であるから、なかなか人気なのであった。

ところが、何の風の吹き回しか、フリーランスの自由業であり、子連れの女一人の家庭にくれるという。
モラルなど全然見ないで、入居日だけを考慮した結果かどうか知らんが、母子家庭で入居アパートを見つけるのが、非常に困難だったスイスとは、大違いだと実感した。

二つ返事で、はいはい、今日サインいたします。
といったものの、なんだか恐ろしく悲しくなってしまった。
勝手な話、夫に背中を押してもらいたい気分である。

「君の決心は、僕らのチャンスだ。サインしておいで。」

そんなこと言うわけ無いんだよな。
夫も私も一瞬沈み込んだ。

「もうちょっと考えてゆっくり出れば」

それが夫の言葉であったが、私は考えを整理してみる。

「もし、私が断れば、ほっとする?」
「うん、実は、ほっとする。」
「私も、ほっとすると思う。何かがさびしいのよね。今の生活を変化させるのも怖いし。」


しかし!
「じゃあ、このままで大丈夫だろうか?」
「いや、このままでは、やはり現状維持だけでも問題だよね。」
「いかにも…」と私。

「では、この二件分の家賃を一緒にして、大きな豪勢なアパートを借りて、息苦しさを解消する?」
「それは、絶対にもうひとつの選択肢だよね。僕の仕事部屋があって、君たちの声もあまり聞こえなくて、子供部屋の範囲と僕らの範囲が分けられるようなつくりならね。」

「でも…、それには、あなたの経済的な見込みがもっと確立しないと無理だよね。」
「そのとおり。今の段階ではそれはできない。」
「じゃあ、もっと私がここにがんばっても、それは解決ではないし、いずれは出ないといけないということ。さらに、あなたが出るとしても、それは小さな一部屋になるだろうから、日常生活はここですることになるし、だとしたら私の経済は破綻するし、教育意見の不一致の問題も経穴しないよね。」
「そういうことになる。」

会話をしているうちに、やはりサインしにいこうと決心が固まった。
でも、夫に対する愛着は、どうしようもないほどある。
週末の買い物も、毎日寝食をともにする習慣も、全部一時失われるのである。
それは、身体的苦痛に近い。
今になって、自分と夫だけの関係というレベル以外での、家族や結婚の意味しているものを垣間見たような気になった。

家族とは、自分のライフスタイルを貫きながら、如何にどこまで築くことが可能であろうか。
それは、私たちのどちらかが、明らかに弱者になり、社会的に弱ったときに、如実に証明されるのだろうと予想する。
家族があるから、人間はいろいろな苦労を負ったり、乗り越えたりできる部分がほとんどだといえる。
その中で、あえて結婚をしたまま、親密な関係を維持したまま別居するというメリットとデメリット、さらにその意義もしっかり確認した上で無いと、簡単に試してみるような甘いものではない。

結局、私が引っ越さなければ、お互いが胸をなでおろすことは明らかであるが、問題解決ではない。さらに、他の選択肢を挙げろと言われたときに、彼には、今この状況で実行可能なほかの方法を見出すことはできなかったのだ。

つまり、私は6年以上彼の傍にいて、二人の関係を築き、幸せなときをすごし、苦労も超えてきたつもりであるが、子供たちが今までに増して、私の子供たちへの関心を要求してきている。
決して6年余り、子供たちをおろそかにしてきたつもりは無いが、パパとママが仲良くしている結果は「自分」というものを愛の結晶と認識できる安心感が生まれるが、ママとママの新しいパートナーが仲良くするということは、ママの「自分への愛」が多少なりとも脅かされることになる。

それをパッチワーク家族は、年月を経て手探りでそれぞれのあり方を模索するわけだが、私たちはそこで一歩躓いたわけだ。
さらに、私と彼に子供が無いので、一緒にいないことの損失が少ない。

結果として、お互いのやり残した、またはやりかけの人生の課題をきちんと終えないと、このような形態の結婚生活を維持するのが難しいということであろう。

いかにも、成熟したもの同士、本当に自立した者同士でないと、真の愛は生まれないというフロムの言葉を信じることできるではないか。

フロムをバイブルのように読んでいた二十年まえに理解した事柄を、何度となく思い知らされている。
人生も半ば、今こそ本当に宿題を片付けて、一緒にいたいと思うパートナーに末永く添い続けたいと願う。
それには、前回の結婚では、私が多くの宿題を抱えたまま、それを知って飛び出してきたが、今回は特に、夫の宿題がなるべく早く片付くことを心から祈っている。

車のかぎを持って、家を出る前、夫に一言伝えた。
「今回のことで、自分たちはこの先も一緒に生きて生きたいと実感しあったことは一番重要なことだった。でも、やはりさっきの問答を振り返っても、今はお互いに自分の課題に集中できるスペースと責任を確保することが最重要だと思う。
けれど、約束してほしいのは、この形が私たちの結婚形態の解決なんだと思わないでほしい。私は、どんなことがあっても、家族として成り立ちたいという試みを投げ出さないのが結婚だと思うので、それを心に焼き付けて、二年、三年後に、経済的にも、子供たちの状況も、いろいろな意味で機が熟したら、また一緒に住むことを目的とするということは、ここであなたにも確認したい。
これが解決だと思って行くのは、やはり結婚をやり遂げられなかったという感情につながる。私はそれに負けたくない気持ちが強いので、今を乗り越えて、もっと良い幸福を得るための就業だという意識を絶対に失わないようにしよう。そうしないと、簡単にひびが入るようで怖い。」

夫は、非常によく理解してくれて、久しぶりに、重要なことを二人で決心したという、その点に関する満足感が生まれた。

あとは、前進あるのみ。

私は、さまざまなところで、勝手に決心して、勝手に行動を起こして、勝手に前進しているつもりになっている。
前回も、今回も、出て行くのは私である。

でも、その責任は重い。
言い出した私が、やはり成し遂げなくてはという強い意志を肝に銘じていかないと、相手に失礼である。

そういう意味で、メランコリーと希望の入り混じった気持ちで、ちょっとはなれた都心までサインをしに行ってきた。

まさか決まるとは思わなかったが、運命とは、一度動き出したら、展開が速いこともあると実感。

夫とか、家族という形とか、そういうものが自分の心だけでなく、社会生活、日常生活に、如何に重要な役割としてしみこんでいるか実感できただけで、宝物をひとつ見つけたような気になる。

「個」と「家族背景」を分けて考えてきた私には、パンチを食らわされたような体験であった。
「個」の充実を追い求めていると、とたんに地獄に落ちることもある。
そんな深淵を見た先週。

今は週末婚のような形態をとるが、これは課題であり、私の目標ではなかったことを実感できた上での、「これから」に、希望を見出しつつ、前進しようと思う。

さらに、視界が開けてきた感覚である。

金が出て行くばかりで、陰鬱感も強いが、それは自己投資である。
痛みのない改革はない。
痛くもかゆくもない方法で、いったいいかなる変化を起こし得ようか。

そう思えば、納得がいく問題だ。

これからは、自己責任付いて回る人生。
常にテストされている気分で、慎重に、人生のどんな出来事にも事物にも愛着と愛情を持って生きて生きたいと思う。
by momidori | 2009-02-11 03:47 | 日常
春の気配
春らしい日が差したのが、金曜日だった。

まぶしい日差しを見るのは、いつも二月に入ってからだ。

ああ、春の日差しだ。気温は、零下であったが、確実に春の気配を感じた。
ちょっと心が躍った。

朝早く、アパートを見に行ったが、一階だったこともあり、暗く、生活臭のないアパートで、早々に引き上げてきた。

いろいろな意味で、心が動いていたここ何日である。
多少バーンアウトらしき兆候もあって、休みに入るとやはり調子が崩れるなと実感する。

でも、嬉しいことは人生にたくさん隠れている。
新しい生徒ができたことや、俳優の娘である生徒が、私になついて、家にレッスンに行くと、いつも飛びついてくる。
ああかわいいし、子供のエネルギーって、どんなに癒しの効果があるだろうと実感する。

この子のママの紹介で、一人スタイリストに知り合って、お茶を飲みに行ったが、そのDoItYourself的なライフスタイルを見て、さらにおいしいお茶を入れる彼女の生き様を見て、とてもポジティブな影響をうけた。

仕事も、大変だけど、いろいろな人々に支えられたり、信頼されたりして何とか成り立っている。
引越しがあるとはいえ、夫とも基本的にはうまく行っている訳で、別居に関しては、いろいろな面でサポートすると約束してくれている。

子供たちも、友達に会ったり、自分たちで活動してくれる年頃になった。

で、もうすぐお花も咲く。

______

今朝、もう一見アパートを見てきた。
この近所で、学校にも近く、子供たちにはなんも変化も起こらない。
それは大変ありがたいことである。
多少狭く、バルコニーもない。
しかし、すばらしく可愛い古い建物で、床がみごとなアンティークのフローリングである。
ガスの暖房で、おそらくシャワーやお風呂は、一人入ったら待たないと温水がないだろう。
そういう物件だから、家賃も800以下である。
けれど、人気の場所で、今日の下見には、20人以上来ていた。
それを見た私は、ショックであったが、慣れたもので、さっさと見て、一切の質問をすることなく、これがほしいので、申し込み用紙をくださいといって、それをその場で記入し、持ってきていたすべての収入証明などの書類を一緒に提出する際に、子供たちの状況や収入状況などをざっと説明し、即入室しますよと強調しておいた。

不動産屋は、じゃあうまく行けば、火曜日にお会いしましょうというのである。
うまく行くといいよな。
小学校にはうんと近くなるし、娘の友人はその辺に住んでいる。
息子も小学校時代の友人が近所にいながらにして、今の学校へも問題なく通学でき、パパの家へは、ぐんと近くなり、徒歩で行かれる。

入ったとたんに、素敵な波動を感じた。
ここが良いと瞬時に思った。
うまく行くことを願う。
何しろ、すごい数の申し込み数であろう。

これで、アパート探しが終了となれば、いよいよ引越しやその準備に取り掛かれる。
行動が取れるのである。
計画が実行に移される。
晴れ晴れとした気持ちになるであろう。
そして、夫とも、一からやり直せる。

お互いの問題で、つまり私と子供たち、彼と経済的自立、という二つの問題を抱えた二人が、もひとつずつ余計なストレスを抱えなくて良い。
お互い、自分の生活に集中しつつ、時間を二人のために割くときは、お互いに集中できる。
このパターンが、いま少し、私たちの関係に必要なのじゃないかと実感している。

これが、彼の子供たちであれば、私も同じ船に乗って必死になるだろうが、そうではない。
だからこそ、この結果なのだ。
パッチワークは、なかなか複雑である。

___________

結局、週末いろいろ考えをめぐらしたが、私も人のために動いたり、人の意見で自分を評価したり、自分という基準がこれでいかにもないのである。
自分の欲求はときかれると、意外にもはてな印が並んでしまうほど、病的な時期もあった。
中世のカトリック信者ではないが、何がしかの奉仕や捧げ物をして、煉獄の年数が減らされるというような感覚である。
人が君はそれでOKだよと言ってもらって、私は生きていても良いんだと実感できる、そういうマゾで、依存的症状を持っている。
だから、経済的に自立し、パートナーがいなくても生きていかれるという強さが、精神的自立と経済的自立の両立と言い切ってしまうのも、難しい。

私は子供たちと独りで生きてきたことはあるし、パートナーを失う恐怖から、彼と一緒にいるのでもない。
そういう忍耐や強さは、しっかり持っていると実感できる。
しかし、人の評価でしか自分の価値を計れないというこの性質こそ、依存的精神でなくてなんであろうか。

私は、ここにまずメスを入れて、治癒しないといけない。
何度繰り返しても、このノイローゼがある限り、私と人との関係が、健康になることはないのである。
常に、難しい人間を選んで、その人に沿いとげるとか、その人の価値に見合う人間になるとか、その人を援助することで、自分の価値を認めようという動きにしかならない。
私のこれが癖である。

夫には夫の問題があって、彼は常にその場の解決法を見事に見つけてきて、年々たっても根本的に問題に見合わないで済ますところが、なかなかいけない。
彼は、ものすごく「のん兵衛」であるが、のん兵衛というのは、明らかに見ない、感じないことは、「ない」ものとする行為である。
ある意味アルコールという麻酔に毎晩走ることは、常に絆創膏を貼り付けているようなもので、いずれ向き合わねばならないものを先送りしているだけだと私には思える。

でも、私は精神科医でもセラピストでもないので、そんなことを彼に面と向かって言う権利はない。そんなことを言って、傷つけたり怒らせたりしても、なんに役にも立たない。
人生は、本人が実感してやっと見えるものであり。他人から言われて変わる人間などいないのである。

経済的にも、いろいろと調達してくるのが上手で、ビジネスの才能も無きにしも非ずの彼であるが、実際は自分が働いていくらというお金を持ってくることが解決なのである。
それを常にその場をしのぐ解決法で生き抜いてきたから、築いたものが見えない、とぴう残念な結果に陥っている。

誰しも、健康でない、まっすぐでない面を持っていて、それをよりよく矯正していこうという努力の積み重ねが人生かなと思うが、私のは、強力である。

おかげさまで問題ばかりを選ぶ私の性格や忍耐、さらに生活能力は、年々強くなっている。
しかし、依然として根強い依存の本質がある限り、私が心から解放されることはないだろう。
それを矯正するために、メスで切るわけだ。

彼も、私という人間や、パートナーという人間が多少地に足をつけて傍にいる以上、ずっと絆創膏を貼って、その場その場で何とか生きていかれる。
でも、せっかくの能力がそれでは台無しになりかねない。
がんばって、根本的解決に目を向ける勇気を持ってほしい。

障害者みたいに思える私たちだが、本当はこのまま一緒にひとつの家で生きていくのも、ひとつの強さかもしれない。

強さを定義するのは、なかなか難しい。
しかし、私は常に大手術を好んで来た。
そういう私と一緒にいる彼も不幸である。

しかし、故河合隼雄氏が夫婦関係に関して述べていたのを思い出す。

「すべての夫婦関係において、偶然ということはない。すべて解決するべきテーマを持って必然的に一緒になっている。つまりひとつの結婚で成し遂げられなかったことは、次にも必ずやってくるということでる。夫婦ほど、運命的なものはない。」

私は、二回の結婚を通して、常々この言葉を実感している。
だから、この結婚は壊したくない。
幸せになれる要素がちりばめられているのである。
大手術をして、なんとか本当に大人になりたいと思う。

そういう意味で、心の中に太陽が差し込んできている気がするのは悪くない。

このアパートさえ手に入れば、前進あるのみ。

もしだめなら、私にふさわしくなかっただけと解釈しようと思う。

曇りであるが、心はだんだんまた晴れてきた。
by momidori | 2009-02-07 21:13 | 巡る思考
激動
すさまじい一週間だった。

大体、先週仕事中に、私のPCが落ちるようになって、さらに、週末には一時間ごとにシャットダウン。
これでは仕事にならない。

で、日曜日、前から考えていたPCを注文。
今度は、ノートブックにまた舞い戻ろうと思っていたので、そのとおり、頑丈なものを買った。

なにせ、壊れるのはいやだし、あんまり持ち歩かないので、小型というのはあまり意識していなかった。

で、働き蜂の典型、LenovoのThinkPadを購入。
いらないソフトはついていないし、デスクトップ使用の私には、ありがたいキーボード。
打ち味も最高で、機能もよい。
もちろんピンからきりまであるThinkPadだけど、私は会社でネットワーキングしているわけでもないので、個人使用に十分なSL500を購入。

まよったのは、LenovoのThinkPadではない、3000シリーズの、N500。
プロセッサが2ギガ以上あるし、RAMも2ギガ以上。
なかなかスペックは良いのだけど、やはりThinkPadのキーボードと、タッチパッド、またはサーバーにデータ保存可能などの利点が気に入って、こちらにした。

オールラウンド機種なので、ThinkPad狂信者には、嫌われている機種である。
けど、そんなこと全然関係ない。

HP、Asus、Acerあたりでも迷ったし、Macに乗り換えて、OSをウィンドウスにしようかなと思ったけど、Lenovoは、電池で節約していないから、6セルだし、持ちもよいし、壊れそうにない質を感じて買った。

機種には満足。
いい機械だなあ。

問題は、VISTA。
私はXPが、ずいぶん育ってきたので、今更Vistaにする気がなくて、リカバリーDVDにXPがついているものをわざわざ買った。
もうXPは、新種には搭載されていないし。

でも、Vistaは美しいのね。
さらに便利だし、実際結構よい使い心地。

ところが、私のOfficeがぜんぜん使えない。
2003はどうか知らんが、2000のプレミアムを持っているのに、ぜんぜんインストールしても、リアクションがない。
さらに、Outlook Expressがないので、インポートできないんだよ。
ファイルタイプが違う。

で、Office2007が二ヶ月お試しでくっついているんだけど、その前に、2000をインストールして、またデインストールしたからか、Outlookがくるって困った。
Profileを新しく作らないと開かなかったし、さらに開いても、送信はできても、受信できない。

何回やっても、不明なエラーが出た。

エラーナンバーで検索したら、なんと再インストールしないとだめだって。

でも、あたしはテストバージョンだから、らいインストールするデータベースがない!

で、Outlookとマイクロソフトに嫌気がさして、ThunderBirdをダウンロードした。
すぐできるじゃん。
これでじゅうぶんジャン。

いずれ、オフィスを使うとき、2000は使えないので、2007を購入するか、Vistaを葬り去って、XPにダウングレードして、またオフィス2000を使うかの選択を迫られる。

でも、今の時代、またXPに戻るのは抵抗があるよな。
もう生産していないし。
最初はだれでも、XPに文句たらたらだったけど、ずいぶんよくなったと同じで、Vistaもこれからよくなると思うと、ダウングレードは、やりたくない。

なんで、このDVDのついたのを買ったのか、謎だ。
血迷った。

で、おかげさまで、リカバリーはXPなので、VistaのDVDはありませんね。
ダウングレードしたら、Vistaはもう使えないんです。

ああ、頭がぐしゃぐしゃ。

そうこういっているうちに、翻訳を火曜日に仕上げたんだけど、また今日、レッスン中に入ってきて、メールソフトウェアがないので、ウェブメールでやり取りしたり、ファイルを受け取ったり、まあ、もう面倒くさいこと。

七時半までレッスンだったのに、夕食どころの騒ぎではなかった。

________


こんな一件はどうだってよい。

実は、先週、夫と子供の間に恐ろしい確執が起こり、さまざまなことで、夫も切れ、私なんか出て行けという話になって、すごいところまでいって、私は実際家探しをしている。

最初は落ち込んでいるのか?私?という気分だったが、ちょっと時間がたってみると、こういうことが明るみに出てよかったと思う。
夫は、心と意識が直通していないので、いろいろな意味で、道徳的にがんばりすぎて、実は、こんな子供たちとは暮らしたくないんだ!というような、ごく自然な気持ちを押し殺していたところがあったと思う。
私は、そういう嗅覚が鋭いので、いつも本当はこんなことありえないとか、いやでしょうがないに決まっていると、釜をかけたりしたが、夫自身、ぜんぜんそういう感覚を感じ取れなかったらしく、何年も、これこそが自分の望んでいることだと思っていたらしい。

しかし、子供たちも成長し、思春期の突入していると、本当の関係の真価を問われる。
やはり、どこかに無理があった夫の接触の仕方は、子供たちに伝わっていない状態だったのか、今になって、子供たちは夫に一切心を開かない。受け入れていない状態になっていた。

結局、私がさっさと家探しを始めると、夫は気になったのか、私たちが結婚や関係を解消するのは、別に今じゃなくて良いとか言い出した。

私はそもそも、ずっと別居を訴えかけてきた身で、結婚していい関係を保つためにも、別居し、子供たちを関係の外に、しばらく置いてみたいと言い出していた。
日本に彼が一年滞在していたことがきっかけで、私は、子供の成長や自我を見る時間があったので、そろそろ無理かなと思っていたのだ。

大体、動物みたいに、地で接しないと、うちのサルどもは、絶対に心を許さない。
その代わり、自分をさらけ出している自由な心の人とは、すぐに打ち解ける。

夫は、なんと言っても、理性で動く人ですから、さらけ出しませんし。


そういう話で、私は、なんとなく怒涛の一週間をすごし、一人でサウナに行こうと思ったら、階段で足を滑らせて捻挫し、それでもサウナに這い蹲っていって、その後、喜んでワインなどを飲んだら、恐ろしい痛みに襲われて、月曜日はレッスンを断った。

夫は、急に私とは問題がないんだ、などと言い出して、自分が仕事場を探して出るので、君は残ればという。

残るってあなた、すごい家賃一人で払うんだし。

そんなこといやだな。

私は、子供たちと小さな巣を作って、新しくやり直したい。
夫とは、夫婦だし、そう思っているけれど、今は、彼もぜんぜん違うライフスタイルをやり直したいわけだし、もう会社もないし、違ったことはじめちゃっているわけだし、日本に行く前と帰国後とでは、ぜんぜん人生の目標も違っているらしいから、とりあえず、一人でよく自由に考えたほうが良いと思う。

もうちょっと、自分の人生を築いてください。
お金もそうだし、方向性も。

集中すれば良いと思うし、そんなこと、子供たちがいてはとても無理なのは、当たり前で、今そういう話が出たことで、私は非常にほっとしているのだ。

________

私も、忙しさには事欠かないけど、子供の心配事が多い。
思春期で、子供たちが荒廃してしまわなければ良いけど、目をかける時間があるかと聞かれると、かなり自信がない。

________

ドライな日記になったが、本当はいろいろ考え込んだわけです。

体も疲れているし。

でも、こうして仕事があったり、それを通していろいろと人間関係が広がったり、深まったりすることのほうが、ずっと大切で、夫婦の関係は基本だけど、自分を見失ったら、私はやはりだめなんだと思う。

こうして、自と他が、それぞれ独立した人格でありつつ、融合するというのは、曲芸に近いと実感します。

永遠のテーマ。

でも結局、一人の巣を築いて、一人で好き勝手にやりたいと思う私は、やはり、丙午、勝手な女。
さそり座、毒の女。

もう寝る。
by momidori | 2009-01-23 09:24 | 日常
何もかもが差し迫り
日常報告としては、クリスマスの前に、様々なことが押し寄せてきて、頭の中が破裂しそうだということ。
車検を忘れていた。冬タイヤに付け替えに行ったら、車屋のおっさんに、今年だよ~と言われ気がついた。色々と壊れているので出費がかさむ。
ついでに、そろそろ中古を買いたいと別の売り子のおっさんのところへ行った。
今のところ、狙い筋の車は出ていない。
来年の春ぐらいまでには購入したいがlいかがであろうか。

今週は、学校が休みになる前なので、毎晩色々な催しがあって、私は自分のクローンを三つぐらい作ってしまいたくなった。

何がなんだかさっぱりわかっていないが、わかりたくないので、その日までほうっておく。

翻訳を家に持ち込んでいるので、頭痛もひどい。
量が多いのに加えて、年末一週間はいなくなるので、1月中旬の納品期日に間に合うかと言う不安で、心がふらふらしている。
かといって、オフィスに缶詰になることもできず、空いた時間に見つけてやっている。

__________

家の中も、いよいよ差し迫り感が強くなってきている。
最悪の雰囲気が、ここ何日か続いている。
どっちが悪いとか、あのときの言動とか、そういうその発端にだけテーマを据えた見解を整理していくのが、正しい方法だと言うことは認識しているのだが、どうも意味不明の本質に漬け込んでいる私は、そういう見方では、心が収まらない。

まあ、男性から見れば、女っぽいのだ、これでも私は。
道理に合わないことを持ち出したり、掘り返したり、論理を飛躍させたりして、男の軽蔑を買うネタを自ら撒き散らしている。
男は、馬鹿だと思うだろうが、人間、認識能力と判断能力と決断能力で成り立っていると信じて疑わない人を目の当たりにすると、その正反対を突きつけたくなる。

というか、機能しない理由には、本質的なところが全然なっていないからである。
中学生のカップルだってできるだろう思いやりに、まったく欠けているからである。
結婚や関係に、エネルギーを注ぐ気も、少しでも譲る気持ちも、両方にまったくかけているのである。
どちらが先にそうなったかというテーマは、相互作用でしか変化しない関係においては、まったく意味を成さないので、省略しているが、方向転換するには、少なくとも互いが、ここがまったくなっとらん!!という自分達の姿をまざまざと認めるべきである。

しかし、その気すら、まったくみられない。
それより、自分の目先の問題や、課題のほうが、「関係」という土台より、数倍重要なのである。

「私だってエゴトリップにでも羽ばたいてみたいわ」と言う嫌味に、
「君のエゴトリップって、一体トリップする何ほどの価値がそこにあるんだか、まったく見えないね」
と、思い切りせせら笑われた。

こういう会話は、断じていけない。
私が導いたものだとしても、言う相手も導く私も、どっちもどっちである。

こういう次元にはまっているその幼稚さに、嫌気が差し、
次の瞬間、本質はしかし、そんなところにないのだという事実が、後光のように差し込んでくる。

って、予想通りの状況です。

苦労もなければ、悲しみもない。
それはうまく感情操作している私がいるからであって、ただけだるさがあるのみ。

これを凍結というんだ。
自分を生きる!などという、アホらしい自己実現をさがす女ほど、みっともないものはないが、凍結して生きることほど、ひどい欺き行為はないと見る。

投げやりな日記だが、仕事が忙しいので、ここで打ち切る。
アグレッシブなのはいけない。
自制しないといけない。

________

余談になるが、いつも私の人生にするどいけれど、本当の意味で愛情のある意見をしてくれる友人がいる。
長い付き合い言えばそうだが、残念ながら接触する機会が殆どない。

会ったときから、井戸を掘り返すような次元で話ができた。というより、そういう会話しかできなかったと言った方が良い。

私は彼女の生きかたに、ぴんと張った一筋の糸を見ることができ、それを万人には真似のできない覚悟と節操のある生き方だと、常々心を打たれてきた。
そういう一家なのである。
そういう人間には、そういうものを備えた人間が集まるのだろう。

その彼女が、ドイツ語であれば、こうは書かないと思うと意見した。
考えるまもなく、まさにそうなのである。
ドイツ語であれば、私のこの回りくどい日記の内容が、一気に映像化され、どのような状況にあり、どのような方向に少なくとももって行きたいのか、如実に見えてくるのだと思う。

ドイツ語で会話していると、夫婦の関係も日本語とは全然違ってくる。
ドイツ語で話すと、私の思考回路が違う。
ドイツ語で話す私は、機械のように冷たい。
これは、夫が私にいった言葉である。
私は機械のようらしい。
それほど、淡々と、理論尽くしの段階法で、歯に着せぬ言い方を私はしているのかもしれない。

しかし、今の私はドイツ語で会話した方が、やりやすいと感じることが多々ある。
それは、ドイツ語には日本語にあるような照れや遠慮もない。
そのまま直球でいいたいことを伝えることができる。
実に効率が良いのだ。

淡々と刀でものを切り裂いていくように、無駄のない道を辿って井戸の奥深くまでものの真理に迫ることもできる。
そういう迫力が、この言語にはある。

言語文化そのものに、思いやりとか、配慮がそれほどこめられていないからだろうか、しぐさや外に見える部分での配慮は、日本人よりもはっきりと表現されるようだ。

それが、私には決定的にできない。
日本言語の思いやりも忘れ、ドイツ語の効率の良い語法を活用してはいるが、それを補うジェスチャーをまったく習熟していないと言うことはいえるかもしれない。

文化の壁は難しい。
自分の限界を飛躍することを要求されながら、自分の文化特有のものと折り合いを付けていかねばならない。

それを個人のレベルで行うと考えれば、夫婦関係や人間関係だって、突きつければ突き詰めるほど、簡単ではない。

って、余談にしては、また暗くなった。
by momidori | 2008-12-15 02:39 | 巡る思考
ダメ人間
今日の調子も最悪で、いよいよ更年期障害の仕業かと思うほどである。
それとも太陽に当たらないので、それによるテンポラリーな鬱状態か。

鬱というか、自分自身が一人でいる限り調子は悪くないのだが、社会性がまったくないのだ。
人に会いたくないし、人に会うことが大きな苦痛だ。

こういうことは、こんな私なので、しょっちゅうなのであるが、困ったことに私はもう一人ではない。
まあ、夫も好きなことをどんどん勝手にやっていく人なので、ありがたいことに、常に顔をあわせている必要はないのだが、やはり生活にはオーガニゼーションと言うものが欠かせず、お互いの予定を重ねあわせなくてはならない。
それすら、ええええ~~~~、もうどうだっていいじゃん、と言いたくなるような気分なのだ。
子供がうるさかったり、正しくない行動をした時の彼の対応に、ちょっとカチンと来たりすると、一人の方が楽だなあなんて思ってしまう不謹慎さである。
あちらも、こんな私のために、少なからず努力をしてくれているのに、こんな非社会的な気分で、鬱々と過ごされたのでは、相手もたまったものではないだろう。

とは言え、では、明日から気分良く暮らしましょうと言うことができない。
気分にこそ左右されても、自分で気分を左右することはできないのだ。
なんとも情けない話である。

________

こんなことを二十年ぐらい言い続けている。
人生って、まったくこんなものなのかと思ったりする。
自分のようなしようもない者を背負って、とりあえず終わりまで歩かなくてはならない。
大変ですねえ。

________

今晩、夫が出先から電話してきて、夕食に行こうという。
気持ちは全然のらなかったけど、そういう時こそ外にでて冷たい空気を吸って、気分転換を図るのが良いと言い聞かせ、家に残っていた末の息子と外出した。
車の駐車場を探すこと一時間。
嫌になって電話を入れると、お友達夫婦も呼んでおいたと言う。
今から断るなど無理なので、絶対に来いと言う。
でも、息子はもう眠くなってくるし、一時間後にその辺を探すのをあきらめ、うんと遠いところに駐車し歩き出した時は、もう九時であった。
情けなくて大泣きしたくなったよ。

行った先でも友人夫婦に挨拶したはいいが、会話に加わるエネルギーがない。
目のやり場に困って、下を向くばかり。
こういうことは、この私には珍しい。
まるで拷問のように、早く帰宅したいとそのことばかり考えていた。

ありがたいことに、末っ子がぐずり出したので、それを理由にさっさと帰宅した。
夫は自分ももう食べ終わると言うけど、友人達もいたし、それを待っている間に息子がちょっと大きな声を出しでもしたら、また夫が一言余計に言って、更にことが面倒になるので、皆には迷惑だったけれど、帰ってきてよかった。
息子と手を繋いでとことこ歩いたりすることが、一番リラックスできる。

明日は、真ん中息子の学校のコンサートだし、来週も、一体自分は何時にどこに行ったらよいのかわからないような予定になっている。
めちゃくちゃにカレンダーに書き込みがしてあり、五分刻みの行動となる。

そのままクリスマスに突入。

夫は、こんな私に耐えてくれているけど、私はいつ時限爆弾が爆発するのかわからないとおびえている。
私が彼にひどい扱いをしているとか、彼が私を酷く扱うとか、そういう問題ではない。
まるっきり違う人生を同じアパートの中で歩んでいると言う感覚だ。
微笑があり、会話があり、食事を共にするが、お互いのペースが崩れるのはどちらも好まない。
それはそれで、自立したもの同士の人生と言えばそうだが、夫婦としてはどうかと考えた時、もうちょっとどうにかしようがあると思う。

お互いの人生に関する関心があまりにも希薄だ。
私だけではなく、それは彼にも言えることである。

私は勝手に出て行ってしまって、私を一度でも邪魔扱いにされたという意識を持って以来、自分を守るために自分のことだけに集中して来たが、夫はどうなのだろう。
自分のことだけに集中し、それを支えてくれた(支えたことはないが見守ったことはある)妻が、急に無関心になったと、それはさぞご不満であると思う。

会話を重ねて話し合いを重ねてというのが、心理学でもお決まりのメソッドであるが、そんなことはとうの昔にやっているわけで、そのやりがいがある場合とない場合がもう事前にわかっているので、あまりやる気もない。

昔は、歩み寄る気のまったくない人間と話をしている空しさを感じたが、今は話し合い自体にまったく意味がないと思っている人と対峙して孤独感に悩んでいる。
が、なにもすべて理解しあう必要自体、結婚にすらないのではないかと私は思うので、大切なところさえおさえていればそれで十分だ。

それは、どんなことがあっても決して失わない相手へのリスペクト。
私は相手の行動にも言動にもリスペクトはある。
が、それを本当に温かく見守っているかと言うと、そうではないかもしれない。
私は私に人生の安全圏をしっかり築いておいた方が絶対に良いし、そちらに労力を使った方が無駄がないとか、そんな利己的なことしか頭にないのである。
相手の生き様にもその理由はあるが、それにしてもこの利己主義は一体どういうことかと自分でもあきれる。
自己防衛であるが、これでは愛情の交換もクソもあったものではない。

私は、今夜道を歩きながら、できることならとりあえず大声で泣きたいなあという気分に強くさいなまれた。
息子の小さな手を握って、子供の癒してくれる力の大きさにありがたみを覚えた。

別居のもたらしたものは、小さくない。
これからを思うと怖い。
しかし、別居は彼が意地でも決行すると言って行ったことである。
その隔たりが大きくても、そのリスクを買うと言った人である。
私は夫を責める気持ちはこれぽっちもない。
むしろ、あまりにも愛情を与えないので、申し訳ないほどだ。

何が愛情だかさっぱりわからない。
まるでアインシュタインの発言のようだが、愛情と言われると頭上にはてな印が旋回するのである。

仕事に打ち込む。
それしか結局やることがない。
秒単位で仕事を埋め込んで、のめりこむ。

情けないが、とりあえずこんな感じだ。
by momidori | 2008-12-07 07:41 | 日常
回復の兆しか
何が回復するのかわからない。
が、ニーチェの本を読了した。
やっと、ペシミズム、ニヒリズム、無神論、ディオニソス、悲劇などの、精神を引き摺り下ろす言語が、脳裏をぐるぐると回ることもなくなった。

が、別に、気分が軽くなった気もしない。
早速、今はWir nennen es Arbeitという、デジタル・ボヘミアンの本を読んで、未来の無さ、保障のない人生、万年金欠状態という自分の属するステータスの分析に、吐き気をもよおしている。
これももうすぐ読了するので、次は、読みかけのオリバー・サックスの本を読み続けよう。

___________

昨日は、友人Hの結婚式だった。
この友人は、夫の親友なのだが、私とも交友が深い。
結婚式が11月だとは聞いていたが、最近お互いの多忙のせいで連絡が取れなくなっていた。

3日前に電話してきて、ホラ来た!と思ったら結婚式のお誘いだ。
昨日行って来たところは、私自身が二年半前に結婚したところである。ベルリンのUnter den Linden沿いにある、このSchinkel Saalで、彼らも結婚をしたわけだ。

一人で行って、Hに会って軽く挨拶をし、式が始まるまで待っていたときに、感情がふっとこみ上げて来た。別になんというほどのものではなかったが、結婚って厳かだよなと思ったぐらい。

式が始まると、とても良い係官の女性に当たったにもかかわらず、所詮市庁舎での式なので、形式中心のドライなものであることには変わりなく、外には次のグループが待機していることも重なって、ベルトコンベア式の結婚サイン会みたいな感覚に襲われた。

とりあえず、土曜日は結婚式が重なるので、さっさと捌いていきましょう…。

そんな感覚に陥ったのは、私個人の精神的状態に起因している。

その後、イギリス人友人夫婦とそのベビー、もう一人の独友人を乗せて、H宅に向かう。
車を持っているのは、友人関係でアタシぐらいなものだ。
独身が多いことと、上記の本でも扱っているボヘミアンの、ぎりぎりの線でのライフスタイルを証明しているような感じで、チラッと落ち込んだ。

でも、友人達は幸福そう。
心から嬉しい。

H宅は大きく、何人かで共同で住んでいたアパートを二人のために改装したばかりだ。
シャンペンとウェディングケーキ、、ちょっとしたオープンサンドなどの軽食が出された。

友人関係とひとしきり、「飲み」食いした後、あまり残っている気もなかった私は、キッズが待っているのを良い口実に、独友人を再度乗せて帰宅。
彼は、連邦会議の広報部にいて、公人のベルリン案内をしている者で、もともとは法律家なのだが、ステータスはフリーランス、自由業である。
スタジオみたいな小さなアパートに住んで、自称禁欲主義者とのたまいつつ、女性を漁りまくって、そちらの方ではまったく禁欲ではない。不謹慎な友人の一人だ。

しかし、不謹慎!だと言われるような、ボヘミアンの先端をいっていた友人達が、どんどん「市民」になっていく。もともと市民階級に育った輩が、こうしてレベリッシュにボヘミアンな生き方をしているわけだが、結構年を取ると、市民に戻って行ってしまう。

良いのか悪いのか、私は良いと言いたいが、はっきりと言い切れる気分でもない。

シャンペンの飲みすぎと、のり過ぎた会話が原因で疲労。
夕方は昼寝をしてしまった。反省。

____________

回復の兆しという言葉を実感したのは、金曜日なのだ。
金曜日、ハロウィーンだったので、上のキッズ二人は友人達と、甘いものやすっぱいものをもらいに、おどろおどろしいホラーな衣装を即席で作って、それを着て夜は外出していた。
さすがに末っ子は夜の徘徊行為は許されていないので、パパ宅に行くと言う予定を保持。

BodyShopで誕生日の特典をもらいたいが、十月も今日が最後だった金曜日。
どうせ末っ子はパパとショッピングセンターに行くだろうとにらんで、送って行ってあげるよと提案。
一緒に行って、私はBodyShopで買い物をし、特典をもらい、彼らは様々な子供のおもちゃなどを見物して合流した。
腹が減ったが、一向に一人でつまらないものを食べたくない私は、どこかで食べようかと提案。

磨り減った魂に、美味しい赤ワインを注いでやりたかったのだ。

子供とパパの行きつけのレストランに行った。
そこは、とっても洒落ているくせに、気取らないで、まさにボヘミアンの溜まり場的イタリアンなのだが、前夫の行き着けなので、私は普段は遠慮している。
なんとなく、彼は彼の妻とそこへ行くだろうし、もちろんイタリア人のよしみで、スタッフ全員と会話をしているだろうし、私が行ったらちょっと彼らにとって面倒くさいというロイヤリティーの問題があるからだ。

でも、彼と一緒なら、どんどん遠慮なく行く。私がEXだと言うことは周知だし、彼らも遠慮する必要もない。

グラス11ユーロもするキャンティとやらをくゆらせ、私は最高の気分だった。古い友人知人の話題から、彼の現在の音楽活動、録音予定などの話題に盛り上がり、なんとなく大昔私達が花を咲かせたように、人生の話になる。
しかし、お互い再婚しているし、私は彼の新妻を大変可愛い人で、ありがたいと思っているので、本当に健全な友人関係を保てる。
お互いに、このような関係に発展させることができて、はっきり言って誇り高いという話にあった。
もちろん、何年間茨の道を歩んで来たかわからない。
険悪状態という意味ではなく、自分たちの歴史に終止符を打ち、新しい生活を信頼し、過去を振り返らないという態度を貫くことが、お互いに最初のウチはできなかったのだ。
戻る、戻らないと言っていた最初の何年、それは無理でも愛している、愛していないと揺れたその後の何年間。
そういうものが、別居後丸七年経って、やっと落ち着いて来た。
長い年月である。一緒にいたのは十年以上だが、結婚していたのが七年。同様の年月をかけて、自分達はやっと昔のように普通に会話をし、楽しむ事が出来るようになった。
宝物である。

こんな時、やはり間違った選択をして結婚してしまったのではないことを痛感させられる。
この人間と、こんな会話をし、このような価値観を分かち合い、その潔癖さにほれ込んだから一緒になったのだ。
その証拠に、そういった個人的過去がニュートラルになった途端に、やはりこの人との話すと心底面白いと思える。
面白いのではない、かっちりと言っていることを感じ取ってもらっている、相手の言っていることの真髄もかっちりと理解しているという満足感がある。
良い友人と言うには、この人の芸術家魂と天才ならではのエゴが強力すぎて無理であろうが、大切にしたい関係だ。
しかし油断して、友人気分であてにしていたりすると、突然ぐさっと鋭く突き放されたり、もっとひどいのは、あしらわれたりする。
都合が良い時だけであるので、それは肝に銘じたい。

__________

で回復だが、そうした会話そのもの、または本当に美味しい赤ワイン、美味な料理などが、心を温かくしてくれることは確かである。

しかしそれだけではない。

根本的な欠乏感についての会話で、誰しも何かを常に探しているわけで、やはりそれを手にすることができないという感覚は、だれにでもある。

もし、それを欠乏感とか、魂の不一致とか、そういう風に呼ぶとしたら、それは自分にもあると、彼はそううなづいた。

そんなことを言わしめてしまった、私の誘導的な質問や会話にも、自分で嫌気がさしたが、それは彼の正直な気持ちであもある。
それは実感できた。

それが回復する力が湧き出る一歩であった。

_____

かつて共通の友人がいた。
なぜか彼の話をしたくなった。

イタリア人でトリノ出身である。立派な銀行員の息子で、美しい母親と、美しい姉がおり、ピエモンテに別荘を持ち、絵に描いたような中産階級の育ちである。
これが破天荒な才能の持ち主で、音楽を手段にドイツに留学して来たのだ。
知り合った当初から、哲学に傾倒し、この人も難しい本をいつも楽器ケースにしのばせ、根源的な疑問を常に食卓で提議していたことを良く覚えている。

パリに留学中だった、イタリア屈指のパドヴァの心臓外科医の娘に惚れこんだ。
これが、お高いだけで、器量も悪く、楽器もへたくそで、留学と行っても個人レッスンを受けていた程度で、私達より、8歳ぐらい年上で、なんというか感じの良い女性ではなかった。
しかし、彼は彼女のインテリ度を買い、どんなにひどい評判と知っても、どんなにひどいことを友人に言われても、彼女を捨てなかった。
彼の哲学的教養や知的好奇心は、彼女によって形成されたといっても過言ではない。
が、このカップルを含めて、他のイタリアの友人達とことあるごとにイタリア中を旅行し、語り合い、演奏しあい、料理をしてはワインをがぶがぶ飲んでいた私達グループであったが、この二人が何度その雰囲気をぶち壊したり、邪魔をしたかわからない。

しかし、何年かしたあと、さすがにこの彼女は捨てられた。
次に来たのは、ベルガモ出身の大学教授の娘で、建築学をパドヴァで学んでいた女性だ。
インテリと言っても、哲学や深い思考には一切興味がなく、それどころか馬鹿馬鹿しいと思っていたふしがあり、自分は金髪で美しいので、どんな男でも、私が一瞥すれば、またはマッサージでもしてあげれば、イチコロだと信じていたようだ。
現に、私の当時のパートナーであった前夫も、めろめろになっていたらしい。

しかし、誰もあの男がこの女と真剣なところまで行って、さらには結婚などということになるわけはないと思っていた。
なんと言ったって、彼女はトリノの友人君の心の内容を一切理解していなかった。
さっぱり何のことで悩んでいるのか輪からないと言った風だった。
何年かして、彼女はさっさと同級生のエリート学生を見つけて逃げていってしまった。
冷たい別れだったらしい。

そのうち、もうひとりのグループ仲間が離婚した。
結婚の鏡といわれていた二人で、この奥さんの素晴らしい妻ぶりを未だに上回った人を見たことがない。
子供ができて、家があって車があって、犬がいて、最高だったのだ。彼もイタリアに講師のくちを見つけ、私はマッチョぶりが鼻に付き、喧嘩ばかりしていたが、奥さんのことは、是非目標にしたいと思ったような女性だった。
何の学もなく、ナポリ出身で、家政婦をしていたような女性だが、素晴らしい南国的美貌だけは秀でていた。
それどころか、学ところではない生きる強さと知恵は、誰の目にも明らかだった。
素晴らしい女性を見つけたと、彼は賞賛を受けていたのに。

自分の生徒に惚れてしまったのだ。これがつまらないような女性だった。
しかし、それと再婚し、いまでも機能的生活を送っているらしい。

そんな矢先、突然、トリノ友人はうちに電話して来た。
私には子供も二人おり、一応安定した生活を送っているという立場であったころだ。
フィレンツェのオーケストラに職を得、なかなか立派にやっていたのだが、イタリア育ちのドイツ人女性とめぐり合い、相手も音楽家だし、素晴らしい会話のできる素晴らしい性質の持ち主なので、さっさと結婚するという。
私もずいぶん彼と長電話をしたが、見かけも素晴らしいわけではないし、自分より背丈も高く、男のような女なのだが、なんと言っても頭が良く、会話が楽しい。アッといえば、さっとわかってもらえるという。今までにない経験なので、結婚するという。

それは素晴らしいニュースだ。
常にガタガタしていた私達にとっては嬉しい結果だった。

この彼は、素晴らしいグルメで、その育ちの良さをどうしても拭い去ることはできなかった。
そのグルメの夢が大きくなって、彼女の故郷でもある南ドイツに帰るに当たり、オーケストラを辞め、音楽家であることをやめ、超スノッブなエノテカを開くことにした。
殆ど天才的才能を持っていたので、人間的には破天荒で組織での成功は望めなかったがm音楽を捨てるなど、そんなバカな事はできるわけないと誰しも思ったものだ。

15年ぐらい音沙汰がなかった。
15年後、前夫からの噂に聞いた。エノテカは全然うまくいかず、子供は可愛いのが二人いるが、奥さんが有名なオーケストラに所属していることで生活しているらしい。
また音楽をやりたいと、前夫に漏らしたようだ。
それを機に、前夫が、室内楽やダブルコンチェルトの機会があるごとに、このトリノ友人に声をかけている。
前夫とつるんで演奏しても見劣りを見せないような実力なのだ。

しかし、「おち」がある。
前夫の再婚の際、彼も式に参加したらしい。
そこで、時間がなく、すぐに帰ってしまった彼との会話は、
「妻が他の男と恋に落ちた。またしても人生最低の気分だ。仕事しかすがるものがない」
というものだけだったそうだ。

長い前置きだったが、

探しているものは誰にでもある。
見つけたと思っても、無残に失敗したり壊れたりするものがある。
仕事というもので、一生懸命、存在の基盤を作り、人間関係の形態の基礎を固めることも生きる手段の知恵である。

探している物を見つけたと思ったり、これだと思ったことが壊れたり、一番頼りないのは、自分の主観的判断だ。
己を知っていると思っていても、外界は否応無しに試練を提案し続け、知っていると思った己の決断の間違っていたことを証明させる。

決断が間違っているか、それとも決断を永続的に行い続ける意志だけで、決断の過ちという見方を変えることができるのか、今もって私にもわからない。

が、人によってはそれぞれ、このうつろな主観的判断力で、魂の次元での欠乏を満たす何かを探していることは確からしい。
それがわかっただけで、私はなぜだかわからないが、回復の兆しというタイトルをつけたくなった。

で、これが回復の兆しだろうと思う。

11月下旬に、このトリノ君と前夫はコンサートをする。私の住む街でのことなので、彼に再会できる。それどころか、彼の演奏を聴ける。
心が躍るほど楽しみだ。
by momidori | 2008-11-03 00:10 | 巡る思考
魂が傷ついている感触なんだけど…
ものすごく仕事が忙しいと、鬱病になっている暇がない。人間に労働って言うのは、なんて大切なんだろうって思ってみたり。
意外と表面的に日常を過ごすこともできるじゃん、アタシ、なんて実感したり。
うつ病で、誰かに迷惑かけたとか、お世話になったとか、薬を飲んだとか、そんなことは一切ないので、うつ病なんていうのがそもそも嘘で、あれは甘えだったのかなあ。

っていうか、うつ状態になったことはよくあるけど、それって身動き取れないような時に陥ることが多いらしい。

今も、状況としてはポジティブなんだけど、精神的に身動き取れないのかなあ。

アタシは、問題に憧れて、探し回る不幸の女神みたいな女だ。

_______

不幸の女神に、最近不幸が襲ってきている。(そう言えば、本題は、相変わらず私の癖で、もっとずっと下から始まります)

息子が、あまりにもバカなため、携帯電話を無くした。
真ん中の息子が、市電で登校するようになった時点で、携帯を渡した。
娘のお下がりの、プリペイドのSiemens。

パパとレストランに行った後、見事に無くした。パパは、物を渡すと四次元空間に落としてくるような才能がある。パパがしげしげと誤っていたので、仕方なかろう。
また、急いでプリペイドを買い与えた。まあ1500円ぐらいなもんだし。

で、お誕生日に音楽の聞ける携帯がほしいという。Nokia5300 MusikExpressをオークションで落とし、新品同様を良い値で買った。嬉しかったね。

その一ヵ月後、私は息子のジーパンと共に、携帯を洗ってしまった。★になりました。

急いで、同じような値段でまた落札。罪の意識があったので…。

その三ヵ月後、友人が落としたら突然ディスプレーが壊れた。どう見ても修理不可能。

で、一昨日、とっても安いMotorolaを中古で買った。Amazonは、ぜんぶSimlock無しというので、信頼したが、マーケットプレースだったからいけなかった。Simlockがかかっている。
さすがの私でもね、IMEIナンバーと電話番号や製品番号から、解除コードを計算するって言うほどのマニアックさでもない。
さらに、以前のプロバイダがわからないので、どちらにせよSIM解除コードを聞くことも出来ない。
明日勝ったところに電話するけど。もう今晩メールも書いたけど。
アマゾンの掲示板にも、お気をつけあそばせって書いたけど。
ああ、アタシはのめりこむ体質だ。

このMotorolaに、そんな労力をかける気がないし、大体息子の連絡用携帯なので、冗談じゃないと思い、明日送り返す。
お金払って解除させるような携帯じゃないしね。

不幸の風が、そよそよと吹いている。

____________

私は、テレビ周辺、メディア関係の環境に、とっても不満だったので、先日ケーブルテレビ会社に電話して、テレビをデジタル化してもらった。レシーバーが届いて、スマートカードを入れてあっという間にデジタル放送になった。
おまけに、日本のテレビは見られないけど、なんとか楽しもうとイタリアパッケージを申し込んだので、RAIの3チャンネルは楽しめる。
サテライトで見ていたときからそうなんだが、私はトークショーでもドラマでも、イタリアものの方が、ドイツものより数倍好きだ。
一緒になって、お涙頂戴に感化されるのが意外と嫌ではない。
アメリカ映画の執拗な効果に巻き込まれるのは嫌なんだけど、イタリアのお涙ちょーだいは、作られたエモーションじゃなくて、結構リアルだ。
今日も、Ricmincio da qui(ここからやり直す)だとかいう番組を見て、力をもらった。

で、テレビはいいとして、一緒にネット環境も整えてくれる。
DSLと電話もフラットレートにしてくれるのだ。
で、そのおっさんが今日来たんだけど、地下室の電話回線のある部屋に入る鍵が誰にも手に入らなくて、管理局はここではないし、結局おっさんは、また来るよと帰ってしまった。

結構頭に来た。おっさんのせいじゃないけど、アタシも管理局に鍵をもらっておけとは聞いていなかったし。ネット環境のポイントは家の中で十分かなっと思っていたので。ISDNだって普通地下に行かなかった気がするよ。

不運の風が吹き付ける…

_________

本当の不幸は、でも心の中なんだとおもうな。
今までのが前置きだとしたら、とんでもなく長たらしい文章になりそうだわ。

____________

私は、実は昨日誕生日だった。
朝起きると、夫からメールが。さすがに忘れはしなかったのかと一時安心したのは馬鹿で、
「今日は君の誕生日だったか、はて、昨日だったのか、明日なのか、頭の中がはっきりしないので、一言返事をください。」

「いや、今日だけど」

とだけメールしたが、日本時間の夜中まで音沙汰無し。
その後、今「超忙しい」「アップアップ状態」だと、突然メールが来た。

こちらでは、お誕生日の友人には一言電話するぐらいの風習はあるのだが、夫は電話もしてこないらしい。

憤怒の気持ちが溜まるのは、精神衛生上、やはり良くない。
なので、一言電話を入れた。待っていていじけるのははっきり言って子供だし。

「無視されているんじゃないのが知りたくって電話したけど~」
というと、親切にお相手してくださった。
それでも、私のほうは努めて実用的だったので、以外にあっさり終わってしまった。というか終わらせた。

それだけでも、なんか不発した誕生日だよな。

でも、私の孤独は恐ろしく深まってしまった。

_________

ことの始まりは、私は最近非常に内向モードになっていて、自分の中からまた垢だとか錆を出そうとしているらしい。
その証拠に、読書をむさぼるようにしているのだ。
なぜ、またそこに行き着いたのかわからないけど、私は古~くて、ボロボロになったニーチェの本を取り出した。
「悲劇の誕生」です。

これは、私が25歳の時には、毎日擦り切れるほどポケットに入れて持ち歩いた本で、20代のバイブルと言っても良かった。
ニーチェの言っていることは、当時の西洋の教養が薄い私には決して簡単ではなかったけど、彼の天才せいをその言葉から見抜くことぐらいはできた。

若い私も、強さのペシミズムだとか、悲劇はどこから来たのかとか、邪悪に偏愛を抱くとか、苦痛と感受性の関係とか、楽天主義が勝利し、合理性が幅を利かすなんていう言葉に惹かれて、あっという間にのめりこんだ。
そこで、ギリシア世界を知り、ディオニソスやアポロを深く理解し、私の目の前には、恐ろしく新しい目で見る、感受性、特に音楽に関する感受性が広がったのだ。

ニーチェがすき、というと、かなり自分で墓穴を掘るようなところがある。
狂気で死んじゃったし、本もろくに読んだことのないナチに、その論理を悪用されたり、ワーグナーと喧嘩したり。
私はワーグナーの天才せいは認めざるを得ないとしても、やはりあのゲルマン的な性質と世俗性がさっぱりダメなのだ。ニーチェがワーグナーと決裂したということを知っていたので、ニーチェ嫌いにならずにすんでいるのだろう。
しかし、あれだけワーグナーに傾倒した人間の鋭い言葉で、ワーグナーについて知るのは、本当に私にとって目からうろこのような体験であった。

それはともかく…。

私はまたツァラトゥストゥラなんかも、取り出して読みふけっていた。

それを夫に言ったら、もう一蹴りにされました。
あんなものを読んで、本気でいいと思っているのは、無知だ、見たいなことを言われた。

私にとって見たらあの本は、私の中にうごめく黒いエネルギーを解明するような冒頭で、とても深い意味を持つ内容なのだ。
ニーチェの二ヒリスムヤ、反キリスト教な態度はすぐに読み取れるが、彼はそういうものを跳ね返すだけの人間ではない。
キリスト教徒をも超えるような、もっと根源的な人間の原動力の真理を求めてさ迷い歩いているように映った。
私はでも、その文章と言葉の端々に、彼の生への強い信頼を感じ取ったのだ。それは感動的で、実に肯定的だった。
キリスト教のように原罪を問うわけでもない、かといってルソーのように人間は善だと言っているナイーブなロマン派でもない。
ディオニソスとアポロの世界観を描くことで、私は新しい「生」のエネルギーと意味を感じ取り、
生そのものの、身の毛のよだつような真理への洞察が、憧れになり、世界を超えて、神々をも超えて最後には死に向かう。
ギリシアの理想的な神々の姿は、単なる理想像ではなく、自然の残虐さ、真実の驚異に対する壁としてアポロ的な芸術や表現が生まれたという。
その激しい「生」の姿は、私をとりこにした。

私には、その世界観が、なぜかすんなり入ってくる。20年たって読んだ今も、私の感受性は、一文も逃さずニーチェの内面に入り込むことができるようなのである。

しかし、違う言語を話す人々はいるのだ。
また夫もその一人である。
ステレオタイプに話をしても、何の意味もないが、やはり楽天主義で、アルコールでも音楽でも趣向には陶酔を好み、合理的な考え方で、ニーチェに対して、軽蔑のまなざしを向け、あいつは自分を音楽的だと信じきって、ワーグナーの前でピアノを弾いて、影で非常に軽蔑されたのだ、そんなことぐらい君も知っているだろう」といわれると、心臓がひしひしと痛む。

私は、ニーチェのピアノ演奏自体が素晴らしかったとは思わない。しかしそれがなんだというのであろう。
夜目を瞑りながら、音楽そのものを雰囲気というもの、もっと言えば生活の「飾り」とか「お囃子」程度にしか理解せずに、ワーグナーを聞いて、鳥肌が立つことでのみ、音楽的感動を体験している夫に、ニーチェの音楽を鑑賞する感性を一蹴りにされたことに、なぜか私は深く傷ついた。

夫だけの問題ではない。

結局、人間のタイプだと思う。
C・G・ユングが、どこかの本で述べていた。
「社会を支配したり、動かしたりする上層にいるもの、特に政治などに携わる人間の多くは、外向気質であり、彼らが世界を動かしている以上、内向人間がいきにくいと感じるのは無理もない。」

これは、百年近くも前の意見である。時代も世界も変わったが、根本的には人間は同じだ。

ニーチェにも共通するのは、そういう合理的・科学的な生き方が当然だと思えない人間がおり、邪悪なものや、おどろおどろしいものに惹かれていく生というのがあり、それが何かを追求したいという、合理主義人間にとっては、まったく時間の無駄、ルサンチマン一杯の、嫌な奴ら、といわれてしまいそうなことを日々、考えていたりする人間もいるのである。

私は、ニーチェが命を賭けてでも、本質、もっと言えば生の真理を追究して止まないというエネルギー、勇気を感じ取るのである。
それは、まるでそういう社会や、このような人々と対決しているような激しさなのだ。
私は、そういう連帯感を彼の価値観や世界観に感じるのだと思う。

そして、夫は見事に対岸に立っているのである。

さっさとキェルケゴールを読めという。
二人とも実存主義だが、私は彼には馴染めなかった。

二ーチェは、ドストエフスキーにも影響を受けたりしており、結局内向型人間としての惹かれたり興味を持ったりするものや、生き方などにも、共通点というものがあるのかもしれない。

しかし、私には、なんとなく彼の慈悲を感じるのである。

高慢であったり、誇大妄想であったり、考えが飛び散ったりと、人間としても必ずしも、慈悲深い聖なる人間ではなかった。
彼自身も、ある意味ゲルマン的な人間でもある。

それでも、私は彼の中に、それと共に、慈悲深い側面と、悲壮なものに惹かれていく感受性が存在していると感じる。

そこに、私は彼の繊細さと、同時に漲る生命力を感じるのだ。

しかし、対岸にいる夫には、ニーチェは忌まわしい、狂気の文献学者以外の何物でもなく、時代と共につぶれてしまった、道化にしか映らないらしい。

夫に怒りはない。

しかし、話せないのだ。
この言葉がとか、この文章がとか、私が涙が出そうに感動し、昔手帳にまで書き取っていた文章について、彼とは一言も話すことはできない。

それで、わたしのことが理解できるのだろうか。

それで、わたしは彼のことを理解しているのだろうか。

お互いに、その相違の現実を知りたくなくて、恐怖感を抱いているのではないだろうか。


大体、この手のテーマになると、夫に必ず逃げられる。
それはそうだろう。
私のように回りくどい話し方をする人間に耳を傾けるのは、疲労する。

しかし、私は欠乏感や孤独感を感じている。
夫は、何の話を私が持ち出したのか、さっぱりわからないらしい。

もっと突っ込んだ付き合いじゃないと、何も信じられないという私と、
これ以上何をどう突っ込めばいいのかわからない彼。

それで一生懸命、共通事項を持とうと、あれを訳してくれとか、あそこに出かけていこうと提案してくれる。

私達の魂は、さっぱり一体感を得ることが出来ずに、あきらめかけているような気がする。

少なくとも、内向的人間、非合理性にも価値を見出す者として、私の求めるものはずっとこの調子であろうし、外交的で、効率よく成功や解決を追い、科学を矛に真理を証明していく彼は、ずっとこの調子で行くのだろうとおもう。

魂の平面での一致が得られない場合、人間の関係はどうなっていくのだろうか。

そんな孤独感が、私の心を最近ゆすぶっている。
by momidori | 2008-10-31 09:30 | 巡る思考